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横浜地方裁判所 昭和24年(ヨ)140号 判決

(三十二名の選定当事者)

申請人

安田俊次

外二十九名

被申請人

芝浦工機株式会社

主文

別紙名簿記載の者が給与請求権に関するかぎり被申請人の従業員であることをかりに定める。

申請費用は、被申請人の負担とする。

申請の趣旨

申請代理人は、別紙目録記載の者が被申請人の従業員であることをかりに定めるとの判決を求めた

事実

申請人訴訟代理人は、申請の理由を左のようにのべた。

「被申請人は、印刷機械その他の機械製造を目的とする株式会社であり、別紙名簿記載の者(以下申請人らと称する)は、被申請人の従業員であつて、右従業員によつて組織されている全日本金属労働組合神奈川支部芝浦工機分会(以下組合と称する)の組合員である。

被申請人は、昭和二十四年八月六日、申請人らに対して同月十一日をもつて、被申請人会社は解雇する旨の通知を発し、この通知は同月七、八日頃申請人らに到達した。

しかしながら、右解雇の意思表示は、左の理由により無効である。すなわち、被申請人と組合との間には、昭和二十三年五月六日労働協約が締結され、その第三十条には右労働協約の有効期間を一ケ年とする旨の定があり、その第三十一条には、有効期間満了二週間前に当事者双方いずれからも改訂の意思表示がないときは、右協約は、自動的に六ケ月ずつ、その効力を延長する旨の定があり、さらに、第三十二条には、右改訂の意思表示があつたときでも、新協約が成立するまでは、この協約の効力が存続する旨の定があつたにもかかわらず、当事者双方いずれからも有効期間満了二週間前に改訂の意思表示がなかつたから、翌二十四年五月六日、さらにむこう六ケ月にわたつて更新され現在これが実施中であるが、その協約の第五条には「会社ハ従業員ヲ雇傭解雇又ハ転任セシメントスル場合ハ組合ノ同意ナシニハ行ハナイ」と記載されているにもかかわらず、被申請人は、組合の同意をうることなく解雇の意思表示をなしたのである。しかのみならず被申請人の就業規則には、従業員を解雇する場合においてその退職金は、給料の二〇〇パーセントを支払う旨を規定しながら、申請人らには、一二〇パーセントしか支払わない。

しかるに、被申請人は、右解雇の有効を主張してやまないので、申請人らは、解雇無効確認の訴を提起せんとするのであるがその確定をまつていたのでは、申請人らは生活に窮し、回復しえない損害をこうむるおそれがあるのみならず、被申請人は、その所有の社宅、寮などに居住している申請人らの約半数に対して、その明渡を要求せんとしているので、かかる損害もしくは急迫なる強暴を防ぐため本申請におよんだ。」

被申請人の抗弁に対し「被申請人が昭和二十四年四月二十九日組合に対して協約改訂の意志を表示したこと、ならびに被申請人の従業員の給料が約二ケ月遅配していること組合と被申請人とが従業員の解雇につき昭和二十四年七月十五日以降同年八月四日迄協議をしたことは認めるが、その他の主張事実は争う。」と述べた。

被申請人訴訟代理人は、左のように答弁した。

「申請人の主張事実中、本件労働協約第五条の定が申請人ら主張のような趣旨であること、ならびに申請人らが本件申請の必要事情として主張する事実は否認するが、その他の主張事実は認める。」

そもそも、昭和二十三年五月六日締結の労働協約については、被申請人はかねて改訂の必要を痛感し、その更新を阻止すべく協約期間満了一週間前たる昭和二十四年四月二十九日、組合に対し、改訂の意思表示をした。右改訂の意思表示は、右協約第三十二条所定の協約有効期間二週間前になされたものではないが、それは、当時、人事課に保管していた協約正本写に右規定中の「二週間」という文字が脱落していたためであつた。被申請人は、ことの重大なるにおどろき、同年五月六日、組合に対し右の経緯をのべ、あらためて協約改訂の意思を表示し、第三十一条の規定にかかわらず、協約は更新せられないものとみなすことに同意されたき旨を申し入れたところ、組合はこれを承諾した。したがつて、協約は被申請人と組合間の合意により、右日時以後更新されることなく、第三十一条の意思表示があつたと同じくいわゆる自動延長されるのみとなつたのである。

しかして、被申請人は、改正労働組合法の施行後同年八月十日本協約を存続せしめる意思のないことを組合に表示したので、右協約はもはや同日以後、有効に存続することができない。したがつて被申請人は、同日以後、組合の同意なしに自由に従業員を解雇しうるのであるから、本件解雇の有効なることを論をまたない。

かりに、右協約が、なお有効に存続しているとしても、本件協約第五条の規定は、いわゆる協約の債務的部分であつて、規範的部分ではないから、本件解雇について組合の同意がないとしても、解雇の効力それ自体は有効であるといわなければならない。

かりに、第五条が効力規定だとしても、本件解雇当時、被申請人の企業は、営業不振のため、毎月の赤字は莫大な数にのぼりしかも、最近数ケ月の生産高は、最低所要生産高のわずか四九・二パーセント未払債務総額は約七千四百万円以上というまさに破滅寸前の状態であつたので従業員の給料の遅配も約二ケ月にも達していた。かかる中にあつて、人件費の生産販売高に対してしめる割合は、実に七三ないし七九パーセントというおどろくべき高率であつたので、会社再建のためには、ぜひともある程度の人員整理を実施することが必要であつた。そこで、被申請人は、その経営白書を一般に公開するとともに、人員整理を含む会社再建案を樹立し、同年七月十五日より各数回にあたつて組合とこれが協議、交渉をおこなつたけれども、組合は、単に抽象的空想的な再建案を主張するのみで右再建案に同意せず、いたずらに日時をせんえんせんとするの挙にいでたので、被申請人としては、右再建案の実施が一日も猶予をゆるさない状況にかんがみ、同年八月四日、組合との交渉をうちきり、やむなく本件解雇にいでたのであつて、かかる場合、右のごとく組合が協約第五条の規定を楯にとつていたずらに同意を拒否するのは、まさに権利の乱用であつて許さるべきことではない。

以上、いずれの点よりみるも、本件解雇は有効であるから本申請に応ずるわけにはゆかない。」(証拠省略)

理由

昭和二十三年五月六日、被申請人と組合との間に労働協約が締結され、その第三十条ないし第三十二条に、協約有効期間につき申請人主張のような定があること、および右有効期間満了二週間前に当事者双方のいずれよりも、改訂の意志表示がなかつたことは当事者間に争がない。したがつて、右協約は、同年五月六日から、さらに六ケ月効力が更新されるべきである。被申請人は、右同日、組合、被申請人間において、右の更新の効力を廃除し、単に協約をして、新協約成立まで自動延長せしめることとする旨の合意が成立したと主張するけれども、全疎明資料をもつてしても、この事実は認められないから、被申請人が改正労働組合法施行後たる同年八月十日、協約破棄の表示をしても、その効力なく、協約は更新せられて有効に存している。

次に、本件協約第五条に、「会社ハ従業員ヲ雇傭解雇又ハ転任セシメントスル場合ハ組合ノ同意ナシニハ行ハナイ」なる文書の記載があることは当事者間に争がなく、被申請人は、右第五条は、いわゆる協約の債務的部分に属し、同条項違反の行為もただちに行為の無効をきたすものではないと主張するけれども、右の規定が解雇転任に関するかぎり、組合員の地位を確固ならしめるため設けられたことは、その規定の趣旨にちようし明らかであつて、もし、右規定をもつて、単に雇用者である被申請人の組合に対し、組合の同意がないかぎり、従業員を解雇又は転任せしめない債務を負担するにすぎないものと解するときは、右組合員の地位を強固ならしめようとした右趣旨は大半没却せしめるにいたるから、別段の事情の認むべきものがないかぎり、組合の同意は、被申請人のなす解雇又は転任の効力発生要件とする趣旨のもとに定められたものと解するのを相当とする。

さらに、申請人は、組合が右第五条を楯にとり、被申請人のなす解雇につき正当の理由なくして反対し、同意権を乱用する旨の主張するので、この点を考察するに、本件解雇当時、被申請人の経営状況は、はなはだ不振をきわめ、生産は抵下し、毎月の赤字融資が相当額に達していた反面、人件費の諸経費に対する割合が高率であつたことは、成立に争のない乙第十一号証の一、証人中村和夫、同大沢貞治の各証言によつて認められるから、経営を合理化して企業再建をはかるためには、ある程度の人員整理を必要とすることは見やすき道理である。そして、被申請人が、その経営白書を公開して人員整理を含む会社再建案を樹立し、同年七月十五日より数回にわたつて組合とこれが協議にあつたけれども、ついに組合の同意をうるにいたらずして、八月四日、組合との協議を打ちきり、ついに本件解雇におよんだことは成立に争のない乙第八号証ないし第十号証、同十二号証ないし第二十二号証と前記各証人及び証人水沼末治同河原塚章司の証言により明らかであるけれども、証人吉川幸行の証言、当事者前田裕夫の結果によれば、組合においては、被申請人を更生せしめるためには、技術の向上、職制の改革、製造機械選定の適正化、生産能率の増進等によるべく、人員を整理するときは、かえつて能率を低下するとの信念のもとに、被申請人の解雇提案を拒否したことが明らかであつて、組合が被申請人を害する目的のみをもつて、これを拒否したものとは認めがたい。したがつて、被申請人が申請人等に対してなした前記解雇の意思表示は無効であつて、申請人等は依然として被申請人会社の従業員である。しかして申請人等のような勤労者は、通常、そのうける給与のみによつて、その生活を維持するものと解すべきであつて、その給与支払をうけないときは、その生活に重大なる脅威をうけることは、まことに明らかである。なお、証人吉川幸行の証言によれば、申請人等のうち、被申請人の寮および社宅に居住する者が約半数をしめていることが明らかであるが、証人中村和夫の証言によると、被申請人が申請人らに対し、寮及び社宅よりの立退を急にせまるべきものとは認めがたいから、給与請求権に関するかぎり、申請人が被申請人の従業員たるのかりの地位を定めれば申請人等の権利を保全するに十分であると考える。

よつて、申請費用は、敗訴の被申請人に負担せしめて、主文のように判決する。

別紙省略

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